大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成元年(行ツ)130号 判決

上告人

時岡孝史

中嶌哲

深谷嘉勝

中川三千男

小木曽美和子

若山樹義

伊藤実

岡明男

畠中謙吾

芝田眞次

濱野是

猿橋巧

渡邊孝

西野猛

坂口定之

斎藤康雄

宮﨑宗俊

橋本平吉

渡辺三郎

関良子

堀川功

石田等

右二二名訴訟代理人弁護士

福井泰郎

松波淳一

八十島幹二

吉川嘉和

吉村悟

佐藤辰弥

丸井英弘

内山成樹

内藤隆

海渡雄一

鬼束忠則

福武公子

小嶋啓達

岡部玲子

被上告人

内閣総理大臣

宮澤喜一

右指定代理人

加藤和夫

外二二名

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

本件を福井地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人福井泰郎、同松波淳一、同八十島幹二、同吉川喜和、同吉村悟、同佐藤辰弥、同丸井英弘、同山内成樹、同内藤隆、同海渡雄一、同鬼束忠則、同福武公子、同小嶋啓達、同岡部玲子の上告理由第一点について

一本件記録によれば、上告人らの本件訴えは、昭和五八年五月二七日に被上告人が動力炉・核燃料開発事業団に対してした高速増殖炉「もんじゅ」(以下「本件原子炉」という。)に係る原子炉設置許可処分(以下「本件設置許可処分」という。)には重大かつ明白な瑕疵があるとして、その無効確認を求める、というものである。

第一審は、上告人らは、本訴と共に、本件原子炉施設の設置者である動力炉・核燃料開発事業団に対し、本件原子炉の建設ないし運転の差止めを求める民事訴訟を提起しており、右民事訴訟のほうが上告人らにとってより有効かつ適切な紛争解決方法であり保護手段であるなどとし、本件訴えは、行政事件訴訟法三六条所定の要件を欠き不適法であるとして、これを却下した。原審は、本件原子炉から半径二〇キロメートルの範囲外に住居を有すると認められる上告人らは、本件設置許可処分の無効確認を求めるにつき、行政事件訴訟法三六条所定の「法律上の利益を有する者」に該当せず、結局、本件訴えは同条所定の要件を欠き不適法であるとして、上告人らの控訴を棄却した。

二しかしながら、原審の右判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

行政事件訴訟法九条は、取消訴訟の原告適格について規定するが、同条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである(最高裁昭和四九年(行ツ)第九九号同五三年三月一四日第三小法廷判決・民集三二巻二号二一一頁、最高裁昭和五二年(行ツ)第五六号同五七年九月九日第一小法廷判決・民集三六巻九号一六七九頁、最高裁昭和五七年(行ツ)第四六号平成元年二月一七日第二小法廷判決・民集四三巻二号五六頁参照)。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである。

行政事件訴訟法三六条は、無効等確認の訴えの原告適格について規定するが、同条にいう当該処分の無効等の確認を求めるにつき「法律上の利益を有する者」の意義についても、右の取消訴訟の原告適格の場合と同義に解するのが相当である。

以下、右のような見地に立って、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「規制法」という。)二三条、二四条に基づく原子炉設置許可処分につき、原子炉施設の周辺に居住する者が、その無効確認を訴求する法律上の利益を有するか否かを検討する。

規制法は、原子力基本法の精神にのっとり、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の利用が平和の目的に限られ、かつ、これらの利用が計画的に行われることを確保するとともに、これらによる災害を防止し、及び核燃料物質を防護して、公共の安全を図るために、製錬、加工、再処理及び廃棄の事業並びに原子炉の設置及び運転等に関する必要な規制等を行うことなどを目的として制定されたものである(一条)。規制法二三条一項に基づく原子炉の設置の許可申請は、同項各号所定の原子炉の区分に応じ、主務大臣に対して行われるが、主務大臣は、右許可申請が同法二四条一項各号に適合していると認めるときでなければ許可をしてはならず、また、右許可をする場合においては、あらかじめ、同項一号、二号及び三号(経理的基礎に係る部分に限る。)に規定する基準の適用については原子力委員会、同項三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号に規定する基準の適用については、核燃料物質及び原子炉に関する安全の確保のための規制等を所管事項とする原子力安全委員会の意見を聴き、これを十分に尊重してしなければならないものとされている(二四条)。同法二四条一項各号所定の許可基準のうち、三号(技術的能力に係る部分に限る。)は、当該申請者が原子炉を設置するために必要な技術的能力及びその運転を適確に遂行するに足りる技術的能力を有するか否かにつき、また、四号は、当該申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質(使用済燃料を含む。)、核燃料物質によって汚染された物(原子核分裂生成物を含む。)又は原子炉による災害の防止上支障がないものであるか否かにつき、審査を行うべきものと定めている。原子炉設置許可の基準として、右の三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号が設けられた趣旨は、原子炉が、原子核分裂の過程において高エネルギーを放出するウラン等の核燃料物質を燃料として使用する装置であり、その稼働により、内部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させるものであって、原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置、運転につき所定の技術的能力を欠くとき、又は原子炉施設の安全性が確保されないときは、当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、右災害が万が一にも起こらないようにするため、原子炉設置許可の段階で、原子炉を設置しようとする者の右技術的能力の有無及び申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性につき十分な審査をし、右の者において所定の技術的能力があり、かつ、原子炉施設の位置、構造及び設備が右災害の防止上支障がないものであると認められる場合でない限り、主務大臣は原子炉設置許可処分をしてはならないとした点にある。そして、同法二四条一項三号所定の技術的能力の有無及び四号所定の安全性に関する各審査に過誤、欠落があった場合には重大な原子炉事故が起こる可能性があり、事故が起こったときは、原子炉施設に近い住民ほど被害を受ける蓋然性が高く、しかも、その被害の程度はより直接的かつ重大なものとなるのであって、特に、原子炉施設の近くに居住する者はその生命、身体等に直接的かつ重大な被害を受けるものと想定されるのであり、右各号は、このような原子炉の事故等がもたらす災害による被害の性質を考慮した上で、右技術的能力及び安全性に関する基準を定めているものと解される。右の三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号の設けられた趣旨、右各号が考慮している被害の性質等にかんがみると、右各号は、単に公衆の生命、身体の安全、環境上の利益を一般的公益として保護しようとするにとどまらず、原子炉施設周辺に居住し、右事故等がもたらす災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。

そして、当該住民の居住する地域が、前記の原子炉事故等による災害により直接的かつ重大な被害を受けるものと想定される地域であるか否かについては、当該原子炉の種類、構造、規模等の当該原子炉に関する具体的な諸条件を考慮に入れた上で、当該住民の居住する地域と原子炉の位置との距離関係を中心として、社会通念に照らし、合理的に判断すべきものである。

以上説示した見地に立って本件をみるのに、上告人らは本件原子炉から約二九キロメートルないし約五八キロメートルの範囲内の地域に居住していること、本件原子炉は研究開発段階にある原子炉である高速増殖炉であり(規制法二三条一項四号、同法施行令六条の二第一項一号、動力炉・核燃料開発事業団法二条一項参照)、その電気出力は二八万キロワットであって、炉心の燃料としてはウランとプルトニウムの混合酸化物が用いられ、炉心内において毒性の強いプルトニウムの増殖が行われるものであることが記録上明らかであって、かかる事実に照らすと、上告人らは、いずれも本件原子炉の設置許可の際に行われる規制法二四条一項三号所定の技術的能力の有無及び四号所定の安全性に関する各審査に過誤、欠落がある場合に起こり得る事故等による災害により直接的かつ重大な被害を受けるものと想定される地域内に居住する者というべきであるから、本件設置許可処分の無効確認を求める本訴請求において、行政事件訴訟法三六条所定の「法律上の利益を有する者」に該当するものと認めるのが相当である。

三してみると、右と異なる見解に立って、上告人らは、本件設置許可処分の無効確認を求めるにつき、行政事件訴訟法三六条所定の「法律上の利益を有する者」に該当しないとして本件訴えを不適法であるとした原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。

そして、同条は、処分の無効確認の訴えは、当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り、提起することができるとの要件を定めているが、本件原子炉施設の設置者である動力炉・核燃料開発事業団に対する前記の民事訴訟は、右にいう当該処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えに該当するものとみることはできず、また、本件無効確認訴訟と比較して、本件設置許可処分に起因する本件紛争を解決するための争訟形態としてより直截的かつ適切なものであるともいえないから、上告人らにおいて右民事訴訟の提起が可能であって現にこれを提起していることは、本件無効確認訴訟が同条所定の右要件を欠くことの根拠とはなり得ない。また、他に本件無効確認訴訟が右要件を欠くものと解すべき事情もうかがわれない。

そうすると、前記の違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決はその余の点について判断するまでもなく破棄を免れず、また、行政事件訴訟法三六条所定の右要件を欠くとして本件訴えを却下した第一審判決も取消しを免れないから、結局、本件は、これを福井地方裁判所に差し戻すべきである。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八八条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官貞家克己 裁判官坂上壽夫 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄)

上告代理人福井泰郎、同松波淳一、同八十島幹二、同吉川喜和、同吉村悟、同佐藤辰弥、同丸井英弘、同山内成樹、同内藤隆、同海渡雄一、同鬼束忠則、同福武公子、同小嶋啓達、同岡部玲子の上告理由

第一点 〈省略〉

第二点 経験法則違反

原判決は、原子炉から「半径二〇キロメートル」の範囲を放射性物質が直撃するものとしているが、これは実際の事故の影響、事故災害評価並びに米国の原子炉施設立地基準などに照らし、「もんじゅ」による事故の予測を過少に評価するものであり、経験法則に著しく違反し、右違反は原告適格の有無を判断する重要な要素の認定判断にかかるものであるから、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一 実際の事故の影響

1 チェルノブイリ事故の影響

一九八六年四月、ソビエト連邦ウクライナ共和国でチェルノブイリ事故が発生して、一日半以内に住民一三万五〇〇〇人が避難したが、その住民たちが居住していたのは、原子炉から三〇キロメートルの圏内であった。三〇キロメートルの範囲内では事故後すぐに「居住できない」と判断されたのであるから、原判決のいう『直撃』か『降下』かは別として、生命・身体に恐るべき被害を与えまたは与える蓋然性が高い地域であったといわざるを得ない。

2 しかし、高濃度に汚染した地域は決して原子炉から三〇キロメートル以内にはとどまらなかった。

(一) チェルノブイリ事故からおよそ二〇日後の一九八六年五月中旬には、セシウム一三七による汚染密度が一平方キロメートル当たり一五キュリー以上の地域がチェルノブイリ原子力発電所のあるウクライナ共和国に隣接する白ロシア共和国ではゴーメリ州とモギレフ州(原子炉から約三〇〇キロメートル離れている)で一七か所あり、その住民の数は一〇万人を越えていた。そのため大掛かりな除染作業が行なわれ、汚染されていない地域から食料品が搬入され続けた。一九八八年になって、三五万平方キロメートルの広さにわたって調査した結果、セシウム一三七が一平方キロメートル当たり一五キュリーという高濃度の汚染地域が一万平方キロメートルもあることが判明したのである。

(二) そして、事故から三年近く経った一九八九年一月二四日、ソ連共産党中央委員会政治局(ソ連の最高意思決定機関)において、改めてチェルノブイリ後遺症に対処するための努力が必要であることが確認された。三月四日のタス通信によれば、ソ連当局はウクライナ共和国ジトミール州ナロヅッチ地区の三つの村と、首都キエフのあるキエフ州ポレスコエ地区の二つの村の住民を放射能の危険のない場所に移すように勧告したと報じられている。

(三) 更に、七月二九日、白ロシア共和国で、共和国最高会議は放射能による汚染が強い地域から新たに一〇万六〇〇〇人を他の地域に避難させることを決定した。

(四) 原子炉から約三〇〇キロメートル離れた、白ロシア共和国のモギレフ州にある二つの村では一平方キロメートル当たり一四〇キュリーの放射能汚染が計測されているのになお住民が住んでおり、「三年間にわたり人体実験をしてきたようなものだ」という非難がプラウダに掲載されているほどである。

また、一九八九年七月、放射能の影響であると見られる児童の貧血や運動機能障害が発生していると伝えられている。

(五) 七月三〇日付ソ連政府機関紙「イズベスチャ」は、原子炉の北方五〇ないし六〇キロメートル圏内にある白ロシア共和国ホイキニ市で、児童の間で貧血や喉の炎症等放射能の影響とみられる症状が広がっていることを住民からの告発の手紙という形で掲載し、明らかにした。

事故後三年たって、ソ連の情報公開(グラスノスチ)によってようやく明らかにされつつある内容は、放射能による汚染がいかにひどく、その影響がいかにひどいかということである。

3 スリーマイル事故の影響

チェルノブイリ事故ほど大規模な被害が出ていないスリーマイル事故においても、ペンシルバニア州知事により、原子力発電所から一〇マイル(約一六キロメートル)以内の住民に屋内待機勧告、五マイル(八キロメートル)以内に住む妊婦と未就学児童に対する退避勧告が現実に発動され、二三の学校の閉鎖が行われ、事態の進展によっては二〇マイル(約三二キロメートル)以内の住民を退避させることまで検討された。

4 これらの情報を総合してみると、原判決は、事故の影響が及ぶ範囲を過少評価していると言わざるを得ない。爆発によって、放射性物質が七〇〇ないし八〇〇メートルも噴き上げられたチェルノブイリ事故のような最大級の事故においては、当然のことながら放射性物質の降下地域は広くなって、被害範囲は拡大するものであり、かかる観点から、直接被害の及ぶ範囲は想定しえないものとなるのである。被害の及ぶ範囲が予想しえないために、前述のチェルノブイリ事故では次々と避難範囲が拡大していった経過があるのであり、まして事故の発生する以前に被害の及ぶ範囲を予測推定することは困難であるといわざるをえない。少なくとも、「直撃」の範囲が二〇キロメートルというのは、全く根拠のない非常識な判断である。

原判決はこれら経験法則を過少評価した結果、前記の誤った結論を導いたものである。

二 事故災害評価

1 アメリカ原子力委員会(AEC)は、重大事故の影響を次のとおり評価している。

(一) 重大な事故の結果について数量的な評価を試みた最初の報告は、一九五七年に発表された「ブルックヘブン報告」または「WASH―七四〇」と呼ばれるレポート(正確な題名は「大型原子力発電所における重大事故の理論的可能性と結果」)である。この報告書は、原子力発電推進の立場に立つものであって批判はあるものの、その報告書においても、大きな都市から三〇マイル(約四八キロメートル)離れたところに立地されている約二〇万キロワットの原子力プラントが最悪の事故を起こした場合、三四〇〇人が死亡し、四万三〇〇〇人が急性放射線障害をうける被害が発生するとされた。「もんじゅ」の出力は71.4万キロワットであり、右基準モデルの3.5倍に相当するので、右計算にあてはめれば、原子炉から三〇マイル(約四八キロメートル)以上に被害が及ぶことになる。

(二) AECは、一九六四年にWASH―七四〇の改訂にとりかかった。同年秋までにはその結果は明らかになっていた。計算結果は「そのような災害の影響を受けると予想される範囲はペンシルベニア州の大きさにも匹敵する」(ペンシルベニア州は一一万六、五六八平方キロメートルの面積を有し北海道に九州を併せた面積よりやや大きい)ことを知らされた。…四万五〇〇〇人が死亡し、七万人の障害をひきおこすというものであった(右同書一五頁、六五頁)。

(三) その後AECは、一九七二年から「原子炉安全性研究」(RSS)を進め、一九七四年八月、研究の「成果」を発表した。最終報告書は一九七五年一〇月に公表され、委員長の名をとって「ラスムッセン報告」とか「WASH―一四〇〇」とか呼ばれている。この報告では、人工分布を想定し、各種放射性物質の放出量、天候、人体に及ぼす放射線の被曝効果等のモデルを用いて、最悪事故の災害評価をしたのである。この報告自体についても、前同様、原子力発電推進の立場に立つものと批判があるが、その報告の中でも、三三〇〇名の急性死亡、四万五〇〇〇名の急性障害、四万五〇〇〇名の晩発性癌死、一四〇億ドルの財産損害がもたらされるとされ、更に同書の付録Ⅵでは、すべての方角五マイル(八キロメートル)までと、風下四五度の区域については二五マイル(四〇キロメートル)までの地域が、避難を必要とするものとされている(右同書五頁、一六三頁)。

2 AECは一九七五年に廃止され、アメリカ原子力規制委員会(NRC)が規制面を担当することとなり、公衆の健康と安全への影響を研究した結果を公表した。それによれば、一年間全出力で運転していた三二〇〇MWの加圧水型原子炉に事故があったと仮定した場合に、最悪の放射性物質の放出と気象条件が重なった場合、死者数では骨髄線量が支配的で、医療を施したときの骨髄の五〇%致死線量LD五〇は原子炉から一三キロメートルの地点の線量に当たる。個人の癌死に対するリスクの増加は原子炉から約一六〇キロメートルまではほぼ一定で、それ以上で急速に減少する。放射線リスクの評価においては、原子炉の風下一六キロメートルから四八キロメートルに住む人と、それ以上の距離に住む人の二つの集団に分けて考える必要がある。最悪の事故のとき、一六キロメートルから四八キロメートルの間に住む人は、放射性疾病にかかるけれども回復する傾向がある。しかし、彼らが住んでいた土地は汚染がひどいであろうから転居する必要がある(E. E.ルイス「原子炉安全工学」下巻邦訳二三〇〜六頁)。

3 AEC、NRCとは別に、アメリカ物理学会研究グループ(APSグループ)も災害評価を行っている。

WASH―一四〇〇と同様、加圧水型原子炉による事故を仮定しているが、放射線による高線量が直接に健康に影響するのは大抵の天候条件下では、原子炉から一〇〇キロメートル前後内に限定されると考えられている(軽水炉安全性研究グループ著「軽水炉の安全性」邦訳二三七頁、二四三頁)。

APS報告は、七四年八月に発表されたRSSの「成果」に対して行われたものである。発表されたRSSの「成果」は最終報告書とは異なって、想定されている最大規模の事故の影響は約二〇マイル(約三二キロメートル)の範囲に及んで二三〇〇人の死者をもたらし、五六〇〇人が障害を受け、二〇〇万人の人が被曝する、と推定している。また、周囲四〇平方マイルに住む人は避難しなければならず、四万平方マイルにわたってミルクの放射能汚染を監視しなければならなくなるとしている。これに対しAPS報告は「RSSは過少評価であり、癌死者の見積りは五〇倍にしなければならない」とRSSの「成果」を批判し、更に次のように述べている。

「そして事故の影響を受ける範囲は、事故中心地の周囲五〇〇マイル(八〇〇キロメートル)に及ぶであろう。子供が放射線に感じやすいことを考慮すると、風下五〇マイル(八〇キロメートル)までの殆ど全ての子供が甲状腺癌にかかり、数は減りながらもその影響は五〇〇マイル(八〇〇キロメートル)の範囲にまで及ぶ。癌の総数は、より遠方―四〇マイル(六四キロメートル)以遠五〇〇マイル(八〇〇キロメートル)まで―での被曝に大きく影響されるので、癌の数を半減しようとすれば、風下二五〇マイル(四〇〇キロメートル)まで、すなわち八〇〇〇平方マイル(二万〇四八〇平方キロメートル、半径八〇キロメートルの円に相当する)にわたって避難することが必要となる」(H. W. kendall「原子力の危険性―アメリカ物理学会による軽水炉の安全性研究に対するUCSの見解」科学四六巻三号一七二〜三頁)。

4 日本においても、原子力発電を推進する立場の学者、技術者で構成する日本原子力産業会議は、「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害に関する試算」(原子力国内事情六巻五号一九六一年七二〜三頁)と題する報告書を発表した。

報告書によれば、人的損害は低温放出ではかなり生ずる場合があり、放出粒子が小で逆転時には数百名の致死者、数千人の障害、百万人程度の要観察者が生じうる。…物的損害は逓減時の全放出の場合が大きく、最高では、農業制限地域が幅二〇キロメートル〜三〇キロメートル、長さ一〇〇〇キロメートル以上におよぶということである。

この報告書のうちのある型の大事故(必ずしも最悪ではない)が起こると、五四〇人の急性死者、二九〇〇人の急性障害、四〇〇万人の要観察者、三万人の永久立退、三七〇万人の六カ月間の立退、三六〇〇〇Km2の現有作物の破滅と一年間の農業制限をする必要性が生ずるというのである。(小出裕章「原子炉安全性研究WASH―一四〇〇とその波紋」公書研究七巻二号四七頁)

三 米国の原子炉施設設置基準

1 米国原子力委員会(AEC)は、一九六二年四月に立地基準を公表した。立地評価のためには、最大想定事故を考え、この事故が発生した際に住民が受けると予想される放射線の限度を定めている。AECは、発電所周辺の人口密度に関するガイドを設け、将来において周辺人口の多い敷地が増加することを規制することを考えている。これによると、発電所から四〇マイル(約六四キロメートル)までの範囲は四〇〇人/マイル(約一五〇人/Km2)以下とすることを指標としている。この値をこえる敷地の場合には有効な代替敷地がないことを示し、更に有効な安全設備を現在の標準設計以上に設けることとしている(浅田忠一他監修「原子力ハンドブック」七二六〜七頁)。

2 米国原子力規制委員会(NRC)は、一九八三年三月一四日に米国原子力規制委員会の原子力発電所の運転のための安全目標に関する政策声明書を連邦官報に公表した。これによれば、「個人及び社会的死亡リスク」のうち、「個人的リスク・急性死亡」は「(原子力発電所の)敷地境界から一マイル(1.6キロメートル)までの範囲」、「社会的リスク・晩発性癌死亡」は「五〇マイル(八〇キロメートル)までの範囲」を「定量的設計目標」とするとしている(E. E.ルイス「原子炉の安全工学」上巻・邦訳二六三頁)。

四 以上のように、過去の事故の影響、事故災害評価並びに米国原子炉施設立地基準などによれば、少なくとも、原子炉の事故による被害が及ぶ範囲を原子炉から二〇キロメートルに限定する理由が全くないことは明白である。そればかりか、三〇〇キロメートル離れた地点でも、実際にチェルノブイリ事故では住民の避難を余儀なくされたほどであった。

従って、原判決が原子炉から半径二〇キロメートルの範囲外の者を原子炉等規制法の具体的保護の対象としての周辺住民に該当しないとしたのは、前記経験法則を無視したものである。

第三点 理由齟齬、理由不備

一 原判決は一方で「冷却材喪失事故があれば…放射性物質は半径数キロメートルないし数十キロメートルの範囲の地域を直撃し」(三七丁)と認定しておきながら、「直撃を受けると考えられる、原子炉より半径二〇キロメートルの範囲内に住居を有する者」だけに原告適格を認めている(三八丁)。

直撃する範囲が数十キロメートルであるということは、二〇ないし三〇キロメートルなのか五〇ないし六〇キロメートルなのかはともかく、「二〇キロメートル」という確定的な数字でなく、不確定な数値の距離であるということである。従って、半径二〇キロメートルを直撃するからその範囲内に住居を有する者にだけ原告適格を認めようとする結論と、理由に大きな食い違いがあることになる。

二 他方、原判決が必ずしも「直撃」ということで区別したのではなく、「避難の可能性」があることをもって半径二〇キロメートルと区別したと考えるとしても、二〇キロメートル以上は避難可能性があるというのは、極めて科学的根拠を欠いた独断的な判断にすぎない。

三 結局、原判決は、「直撃」「避難可能性」という極めて曖昧な概念を持ち出して、原子炉から半径二〇キロメートル以内に住居を有するかどうかで原告適格を左右したのであり、原告適格の有無を決定する重要な概念の理由につき齟齬ないし不備があるから原判決は破棄を免れない。

第四点 釈明義務違反

一 原判決は、原子炉中心部から半径二〇キロメートルという距離の範囲内であるか否かをもって原告適格の有無を決しているが、第一審、第二審を通じて被告(被控訴人)は原告(控訴人)ら全てについて原告適格がないと主張していたのであって、距離との関係で原告適格を争う主張は一切していない。

原告(控訴人)らは、これとは逆に、原告ら全員に原告適格が存在する根拠を論じており、これまで特に距離との関係で原告適格を主張しているわけではない。

このように、原子炉からの距離によって原告適格の有無が左右されるというのは、当事者双方が主張していない論点である。

二 原告適格の判断において、本件無効確認訴訟とパラレルに考えることのできる取消訴訟における左記判決は、いずれも次に述べるように、原告適格の有無を、原子炉と原告所在地との距離の如何によって区別していない。

すなわち、左記判決は、各事件の原告らのうち、原子炉から二七キロメートルないし六〇数キロメートルの地点に居住する原告らの原告適格を次のとおり認めてきた。

1 福島第二原発(五九・七・二三、福島地裁)

本件原告らは、本件原子炉から最も遠い者でも六〇数キロメートルの距離内に居住しているのであって、経験則上から一見明白に被害を受けない者の範囲に含まれるとは認め難いから、結局原告ら全員について原告適格は認められる。

2 伊方原発(五三・四・二五、松山地裁)

本件原告ら(原子炉から1.5キロメートル〜二七キロメートル)は、本件原子炉施設の周辺に居住し、原子炉事故が発生した場合は、その生命、身体等を侵害される蓋然性のある者である。したがって、原告らの原告適格は認められる。

三 このように原審判決は、距離によって原告適格の有無を決定するという当事者双方が全く主張していない論点を作り上げて、当事者双方がこの論点について主張する機会を全く与えなかっただけでなく、過去の裁判例にも反する極めて異例な判決である。よって、原判決は当事者に対し釈明義務を尽さず、審理不尽の違法を侵したもので、破棄を免れない。

別紙

炉心から原告への距離

市町村名

人口

(人)

炉心からの距離

(Km)

原告の数

(人)

1

敦賀市

66.435

11(Km)

13

2

三方郡美浜町

13.177

15(Km)

4

3

小浜市

33.986

35(Km)

6

4

大飯郡高浜町

12.447

49(Km)

2

5

同 郡大飯町

6.932

42(Km)

2

6

福井市

252.829

41(Km)

8

7

鯖江市

62.158

29(Km)

1

8

坂井郡坂井町

11.356

52(Km)

1

9

同 郡金津町

17.566

57(Km)

1

10

今立郡今立町

14.748

31(Km)

1

11

勝山市

30.167

58(Km)

1

注:敦賀市、三方郡美浜町所在の原告の原告適格は認められ、それ以外の原告適格は否定された。

最遠距離の勝山市の距離は、原告石田等の住居までの長さになる。

(各市町村の人口は63.6.1現在)

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